キングダム 第590話ネタバレ感想『飛信隊が絶対してこなかった戦術』

キングダム 第590話「攻めの偏重」カラー扉絵 | 引用元:キングダム 第590話 漫画:原泰久

キングダム 第590話「攻めの偏重」カラー扉絵 | 引用元:キングダム 第590話 漫画:原泰久

  • キングダム 第590話ネタバレストーリー・あらすじ
  • キングダム 第590話ネタバレ感想・まとめ
  • キングダム 概要
  • キングダムを連載している無料WEBマンガ『週刊ヤングジャンプ』について

キングダム 第590話ネタバレストーリー・あらすじ

王翦陣営。

朝日が昇ったばかりなのに右翼がもう戦い始めた。兵糧が枯渇した今、一刻も無駄に出来ぬと飛信隊の判断を良しとする。王翦軍首脳たち。

理屈で考えるなら、時間のない蓁軍は右翼に援軍を送って一刻も早い決着をつけるべきだろう。しかし、王翦は右に援軍を送らない。その真意は送れないのだ。正面の李牧軍がそうさせない。

右翼の飛信隊が戦いの鍵だという王翦 | 引用元:キングダム 第590話 漫画:原泰久

右翼の飛信隊が戦いの鍵だという王翦 | 引用元:キングダム 第590話 漫画:原泰久

田里弥(でんりみ)の思惑を察したのか王翦は逆もまた然りだといい、李牧もまた動けぬことを伝える。李牧もギョウウン以降援軍を送っていない。

今、鍵を握っているのは右翼ということ。

趙軍中央軍本陣。

ここでも左翼への援軍の話が上がる。王翦中央軍は、李牧中央軍が援軍を送りやせ細れば突撃してくる。中央軍同士の戦力差が生じるのを待っているという。ギョウウン以降援軍を送っていないので、王翦軍も援軍を送れない。李牧は、左翼に援軍を送らないことで大きな援護をしている。

しかし、李牧は、このような王翦との見えない攻防ももうすぐで終わるという。

左の戦いが互いに援軍なくいまある戦力同士で決着つけるのなら李牧軍側に圧倒的有利。蓁軍右翼は、亜光と王賁が退場。現状は、飛信隊のみなっている。

趙左翼が勝てば、その流れで朱海平原の戦いも李牧軍が勝利するという李牧。

飛信隊は攻めに攻めていた。

本陣では、河了貂が指揮をとっていた。次々とくる各部隊の苦戦の報告を受けるも攻めに偏った指揮を執る。危なくなった部隊でも援軍を送らない。攻めに重点を置いた戦い方でないと勝てないという。

それでも現場の二人には最低限の救援の役割を頼んであるという。

河了貂は現場の救援の指揮を渕と松左に託す | 引用元:キングダム 第590話 漫画:原泰久

河了貂は現場の救援の指揮を渕と松左に託す | 引用元:キングダム 第590話 漫画:原泰久

騎馬の目線で各隊の限界をよく知り見極められる渕と、歩兵目線でも視野の広い松左。河了貂は二人に「助けるべきところだけを助けて」と指示を出す。つまり、助からないと思うところは、最初から助けに行かないでと。辛い役割を託してゴメンという河了貂。

飛信隊の戦い方は「肉を切らせて骨を断つ」作戦であった。

隊としては「ノーガード」のような戦い方で、肉を切らせても骨までは達しないギリギリのところを渕と松左が守っていた。

攻めに関しては、ヒヒョウと楚水騎兵団、崇原歩兵団が攻めだけに専念し雷にように進撃を見せた。

そんな飛信隊を脇から見る玉鳳隊。これまでに絶対にしてこなかった戦い方をする飛信隊に王賁を失っても仕事をすると、ギョウウン軍の足止めに前進する。

チョウガリュウに部隊がやられる報告が次々と飛び込むもチョウガリュウは焦らない。チョウガリュウは兵力さを持たせた余裕の戦術で迎え撃つ。

尾平が敵に囲まれるも間一髪のところで松左が救援に来る。

キングダム 第590話ネタバレ感想・まとめ

信の活躍する場面が次号か。自分の被害があっても相手が倍被害にあえば、次第に兵力差が埋まっていくのかもしれないが、もたなくなってしまう。かといって兵糧が底をつきるから持久戦になれば、やっぱり負けてしまう。

週刊ヤングジャンプ『キングダム』を読んで。

キングダム 概要

時は紀元前、春秋戦国時代。いまだ一度も統一されたことのない中国大陸は500年もの動乱期。
戦国七雄の一つ「秦国」の身寄りのない少年・信と漂は、今は 奴隷のような身なれど、いつか武功をあげて天下一の将軍になることを夢見て修行に励む。そんな二人が偶然、秦国の大臣に出会ったことから運命の歯車が動き出す!

キングダムを連載している『週刊ヤングジャンプ』について

『週刊ヤングジャンプ』(しゅうかんヤングジャンプ、WEEKLY YOUNG JUMP)は、集英社が発行する日本の週刊青年漫画雑誌。創刊時の編集方針は「愛・暴力・権力」。これは『週刊少年ジャンプ』の三大方針である「友情・努力・勝利」を受け継ぎつつ、少年漫画の枠を取り払った自由度の高い青年誌において何を描くかという視点から生まれたものであり、いずれも想定読者層である10歳代後半から20歳代前半の頃に誰もがぶつかる壁でもあった。